水都大阪 今昔写真館

大阪は、水運に支えられて経済と文化の中心的都市として発展し、明治の頃には“水の都”と呼ばれました。

いにしえの時代と現代を比較することで、人々の生活を豊かにし文化を発展させる場としての川や橋などとの絆を見つめ直すとともに、水都大阪の更なる魅力創造と大阪のシビックプライドの醸成を目指して「水都大阪今昔写真館」を開設します。

(浪速百景は「大阪府立中之島図書館所蔵」)

天満橋

大川に架かる天満橋は、江戸時代、天神橋、難波橋と共に「浪花三大橋」と称された長大橋で、天満青物市場、八軒家船着場などをひかえ人通りの絶えることがないエリアでした。当時は、現在の場所より東に位置しており、公儀橋として幕府に直轄管理されていました。

現在このエリアは、2009年に、水都大阪のヒト・モノ・コトの交流拠点として誕生した関西初の常設の「川の駅 はちけんや」を中心に、レストランやカフェ、SUPやノルディック・ウォーキング、観光船のりばなど、水辺を楽しめる場所となっています。

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玉江橋

堂島川に架かる玉江橋は、江戸時代に堂島開発の一環として大江橋、渡辺橋、田蓑橋、船津橋とともに架けられた5つの橋のうちのひとつで、当時は、堀江橋と呼ばれていました。反りの大きなこの橋を北から登っていくと正面には四天王寺の五重塔が見えたと言われています。

現在では、高い建物が多く、とても四天王寺まで見ることは出来ません。当時の風流な時代に思いを馳せながら比較してみると面白いかもしれないですね。

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筋鐘御門すじがねごもん

江戸時代には外堀と旧大和川(寝屋川)との間にはさまれて大坂城三の丸がありましたが、城内から京橋口の土橋を渡るとすぐ右側に見える筋鐘門は、この三の丸への出入口でした。

現在このエリア周辺は、大阪城ビジネスパークが拡がっています。

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